前兆はあったんだ。
僕らは決して顔は合わせていないが、親しげに知人であるKについて語る。
「彼の境遇は大きな要因であると思う。」
彼の手に収まったグラスの氷は、カランと耳触りの良い音を鳴らした。沈みかけた夕日は、最後の抵抗と言わんばかりに彼の影を床へと落としている。
「そうだね、精神状態が不安定だったときも、それが原因だったわけだ。“未遂”も、一度している。」
「なら今回は本当に終わりだと言うのかい。」
「その可能性は高い。」
誰でも辿り着けるような簡単な論理を、間延びさせて組み立てていくのは単に、僕の心がその結論へと収束するのを嫌がっているからだ。
彼もそれを理解しているようで、あえて諭すように、ひとつずつ積み木を積み重ねていく。しかしこれは断頭台への階段でもある。
僕はKに、この階段を上らせるわけにはいかないと思って
「でも、彼はわざわざ文句に“ネット”とつけただろう。それはネットに限ったことじゃないのか。」
なんて口に出した。
これは無理筋では無い。可能性としては考えられる。ただし、薄い。それは彼の過去の“未遂”が物語っていた。
「無くは無いかな、当分はしないと言っていたし、もしかしたらそのうちひょっこりと顔を出すかもしれない。」
意外にも彼は同調してくれたようで、それに何だか安堵した。
ようやく辺りは暗くなり、夜の帳が下りる。僕らもそれほど長くは無いだろう。
「そうだね、それを待つ他無い。」
僕は同意するが、彼は
「僕らにできるのはそれくらいだよ」
と付け足した。
唐突にもう一度カランと鳴ったかと思うと、彼は既に消え、そこには氷の溶けきってしまったアイスティーだけが残されていた。
まだ春も始まっていないというのに、僕は独りで桜の咲くのを待っている。