思考の足あと

何を考え、感じていたのか。

かけら

僕のかけら

僕のかけらが割れてしまった。なんにもできないなか生きてきたのに。がんばったねって言われたかったのかもしれない。

 

遠い昔、僕には女の子の友達がいた。その女の子はやたらとランニングをしていた。やたらとやたらと走っていた。中学校が終わった帰り道で、ジャージ姿で走る姿をよく見かけていた。きっと活発な彼女のことだから、マラソン大会に向けて練習してるのかな。バカだからこんなことを考えていた。いつしか話しかけられた。僕の家の前を通ったよと、嬉しそうに話してきた。僕はちょっと嫌な気分になった。僕の家はおんぼろで、窓が割れていて、それをテープで止めているような家だった。僕は友達に家を教えたくないから、一部の人以外には内緒にしていた。部活動の友達が僕の家まで着いてこようとした時には、30分くらいあてもなく彷徨って、「つまんな」って言われて諦められたこともあるくらいだった。だから僕はちょっと嫌な気がした。そうなんだってそっけなく返した。その時の彼女の顔はもう覚えていない。

それからまた数ヶ月たって、近くにできた大きな公園に遊びに行った。そこで、彼女と彼女の友達にばったり会った。そこで彼女は嬉しそうにして友達に内緒話をしていた。そのあと走ってどっかに行ってしまった。僕はその意味がわからなかったが、取り残された友達の第一声を聞いてようやく腑に落ちた。「僕くんは、彼女ちゃんのこと好き?」僕は気が動転した。ずっと彼女のことは友達だと思ってたから。僕は間髪入れずに、「別に!」と答えた。ちょっと食い下がってきたけど、全部否定した。実はこの時家族と遊びに来ていて、女の子とふたりで喋っているのをみられるのが恥ずかしかったというのもあった。そして何より僕自身がひねくれていたからだった。僕はどうしようもなくバカで、フることがステータスなんじゃないかと感じてる節があった。今思えば本当に気持ち悪い。ちょっとの罪悪感はあったかもしれないけど、帰り道で見つけた捨て猫が可愛かったので、その時の気分は綺麗さっぱり消えてしまった。

またまた数ヶ月後、僕は後悔する。彼女が立てなくなった。

杖をついていた。彼女と仲のいい友人がいつも隣で歩いていた。席から立とうとして転んだことがある。筋肉が動かせないひとというのは障害者と同じで、常人とちがう動き方をする。まるで制御の効かないロボットのように、変な力の入れ方で倒れ込んだ。ちょっと気味の悪い動きだ。逆にそれは、彼女がもうすでに一般人と違うことを的確に表していて、僕はそれが怖かった。ずっと一緒にいたのに知らなかった。ずっとランニングしてたのもこのためだったのだ。彼女は確実にくるその日を、1日でも1秒でも伸ばすために走っていたのだった。

彼女はそんな努力を常にしていた。そして、それからも努力していた。歩けるようになるリハビリはもちろん、普通の人がやらないようなことにまで挑戦した。ひとつは英語スピーチコンテストだった。自身の病気について赤裸々に語った。ぼくは全校生徒の中のひとりとして、耳を傾けることしか出来なかった。彼女はコンテストでなにやら偉い賞を取ったらしいー

その後もその後も、彼女は僕の誕生日とバレンタインにはプレゼントをくれた。

高校進学が決まったとき、2人でいつもの場所に落合わせた。彼女から最後のバレンタインチョコをもらった。高校行っても頑張ろうねって言ってくれた。俺は家から一番近い高校。彼女は県でも一番頭のいい高校。2人並んで喋っていたのに、やけに遠く感じた。それから他愛のない話をして、また会えたらいいねって別れた。それだけだった。僕はこのとき、実は彼女の付き添いとして彼女の友達が隠れているところをたまたま見てしまった。僕が情けないから、彼女はもう本当の2人きりにはなれなくなっていた。外を歩くには誰かの助けが必要だった。僕じゃない誰かの。

 

俺は彼女に何をしてあげられただろうか?

彼女からの好意を全て流して悦に入って、たぶん彼女が「活発な女の子」でいられた最初で最後の時間は、俺のために棒に振った。俺が棒に振った。俺は何をしているんだ??何も与えられてない。奪うことしかせず、そして俺自身はクズときた。彼女の努力とは正反対に、何もしない人間だった。怠惰に任せて一番近い高校を選んだ。勉強なんてべの字もしなかった。先生の機嫌なんて知らん顔だった。彼女のプレゼントに何も返してなかった!努力に報いなかった!ただ彼女を助けることすらできなかった

彼女はそのあと医学部に進んだ。いいとこの医学部に進んだ。自分のような難病を治せるように研究医になりたいのかもしれない。俺はもう彼女のことは知らない。でも多分、きっとそうだという確信がある。彼女はそういう人だから。

 

今でもたまに夢に出る。彼女と楽しくレストランでおしゃべりする夢。別に彼女に恋とか愛とかを持っているわけではなかった。でも、好きになれたかもしれないし、話を聞くことはできたかもしれない。少なくとも突き放すよりは、彼女を助けてあげられた。

俺は大学受験を通して、自身の愚かさの一部を知った。過去の自分を俯瞰できるようになった…と思う。そこで一連の出来事を思い出して、彼女の前にたっても恥じることのない人間になろうとした。もう遅いけれど、これが俺にできる唯一の贖罪だと思った。

でも今の俺はどうだ?……

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【撮影日2021/04/10 自室にて】